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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2544号 判決 1982年9月30日

控訴人 山梨県

被控訴人 石原高造

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の右部分に関する請求を棄却する。

訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上・法律上の主張及び証拠の提出・援用・認否は、次のとおり補足するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴人の主張)

一  本件道路は、昭和三四年五月一四日山梨県告示第一三三号をもつて供用開始された県道であるが、その構造は、旧道路構造令(昭和三三年八月一日政令第二四四号)に基づき第三種山地部道路として同令七条二項により車道幅員五メートル、同令一一条二項により路肩幅員を片側〇・五メートルとして設置されたものであり、歩車道の区別はなく、当初は未舗装であつたが、昭和四一年に周囲の土地より盛土をしてアスフアルト舗装をされた。

本件事故現場は、南北に約七〇〇メートルの極めて見通しのよい直線道路の中間地点にある。本件事故現場の県道西側脇には、甲府市が昭和四二、三年頃設置した道路面よりの深さ約〇・九メートル、幅約〇・四八メートル、長さ約一三〇メートルにわたる農業用水路のためのコンクリート製側溝(本件側溝)があつたが、本件事故当時の事故現場付近県道は、路肩も含めて幅員約六メートルの直線で平坦な舗装道路であり、周囲の土地より約〇・六メートル盛土されて、その両側はいずれも農地であり、見通しは極めて良く、しかも、事故現場付近には県道から本件側溝に転落させる危険な道路上の障害物やあるいは通行者に本件側溝を道路の一部であると誤認させるような障害物は一切なく、本件側溝が県道脇に設置された昭和四二、三年以来本件事故が生ずるまでの間、本件道路から本件側溝に転落して負傷あるいは死亡したという事故例は全くなかつた。

本件事故現場付近の県道の交通量は、朝夕には甲府市街地に出入りする通勤用自動車により比較的混むが、その余の時間帯はさほどでなく、本件事故発生時刻である午後零時頃は交通量が最も少ない時間帯であつた。

本件事故当日は晴天であつたが、甲付盆地特有の季節風が日中吹き続けていた。

二  本件道路のように幅員六メートルの平坦な見通しのよい直線のアスフアルト道路で交通量も多くはなく、その脇に無蓋の側溝が存在する例は他にも多数存在するのであり、前記のように、本件道路は、通常であれば道路利用者が路面下の側溝に転落するとは到底考えられない客観的状況下にあつたのであるから、本件道路は社会通念上必要とされる程度の安全性を有していたものというべきである。

本件事故は、突風の際の被控訴人の自転車の運転操作ミスが原因であり、本件道路の設置・管理とは何ら関係がない。

(証拠関係)<省略>

理由

一  被控訴人が昭和五四年一一月一四日午後零時頃本件道路の本件事故現場付近を自転車で甲府市街地方面に向け走行中、突風にあつて本件道路西側下の本件側溝に転落したこと、当時本件道路が県道として控訴人の設置管理するものであつたこと、同道路の本件現場には防護柵は設置されておらず、本件側溝はコンクリート製で蓋がなかつたことについては、当事者間に争いがない。

二  控訴人は本件道路に防護柵がなかつた点と道路脇の本件側溝に蓋がなかつた点で本件道路の設置管理に瑕疵があつたと主張するけれども、本件側溝は本件道路に付属する工作物ではなく、控訴人の管理外の物件であつたから、右側溝が無蓋のままであつたこと自体を捉えて、本件道路の設置管理上の瑕疵とすることかできないことは、原判決の説示するとおりであり(原判決六枚目裏二行目から七枚目表五行目までをここに引用する。)、右側溝が無蓋であつたことを前提として、本件道路に防護柵のなかつたことが道路の設置管理上の瑕疵に該るか否かが、本件で検討されなければならないところである。

三  いずれも成立に争いのない乙第一、第二、第四号証、第七号証の一・二、第八号証、第九号証の一・二、前掲(原判決引用)乙第三号証の一・二、原審証人川崎昭男・同保坂亀雄及び当審証人中込一成の各証言、原審における被控訴本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、本件事故当時における本件道路及び本件側溝の構造、場所的環境、交通状況、当日の気象条件等については、控訴人の当審における主張(一)として摘示したとおりの事実が認められる。右乙第三号証の一・二及び弁論の全趣旨によれば、本件道路には自動車のタイヤに付着していた泥等が吹き寄せられたものと推測される土砂が帯状になつて路肩部分に残留している状況が認められ、事故当時も同様の状況にあつたものと推認されるけれども、右証拠写真で見る限り、細かい土砂がアスフアルト舗装部分の上を薄く覆つているにすぎず、自転車で本件道路を通行する者がそのためにハンドル操作の自由を妨げられたり、滑つて転倒したりする程の障害とはなつていないものと認められ、この砂のためにスリツプしたのではないかと思うという被控訴本人の供述は、後日の推測の域を出ないし、また、本件事故の三日前にも本件事故現場付近で自転車運転者の転落事故があつたという同本人の伝聞供述も、前掲乙第九号証の二に照らすとたやすくは措信しがたく、他に上記の認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、右被控訴本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件事故は、被控訴人が自動車との擦れ違い等のため路端から相当な距離を置いて走行するこ、とを妨げられるような状況下にあつて起きたものではないことが明らかである。

四  よつて考えるに、道路の設置又は管理の瑕疵とは、当該道路が道路として通常有すべき安全性を欠いていることを言い本件道路に自転車運転者の転落を防止すべき防護柵がなかつたことをもつて道路の設置ないし管理の瑕疵に該るとするためには、本件道路の構造、場所的条件、利用状況、現実に生起した事故の態様等を総合した結果、防護柵がないことの故に、通常予想される具体的危険に対処する上で欠けるところがあると認められる場合、すなわち、通常の事態でも場合によつては自転車運転者が道路外に転落する可能性が相当程度あるとか、あるいは、もし転落事故が生じた場合には死亡又は重大な傷害に至る可能性が特に高いため、防護柵がなければ危険であると社会通念上認められる場合であることを要する。

しかし、本件道路の構造、場所的条件、交通量等については前叙認定のとおりであり、幅員六メートルの平坦な見通しのよい舗装道路で、交通量もさほど多くはなかつたと認められるのであるから、自転車を運転して本件道路を通過する者が、安全な走行のために当然払うべき通常の注意義務を怠らない限り、道路外に転落する可能性はまず考えられないところということができ、諸般の事情から見て、突風にあつて転落したという被控訴人の本件事故は、強風下であればそれなりに一層の注意をしてハンドルを確実に把握操作し、車体の安定を心掛けるべきであり、あるいは自己の年令(成立に争いのない甲第一号証によれば、被控訴人は当時六三才であつた。)や運動能力とにらみ合わせて無理な運転は見合わせるべきであつたのに、自転車運転者の側に期待されてしかるべきかかる適切な対応を欠いたために強風でバランスを失い、吹き倒されて道路脇の本件側溝に転落したものと推認されるところであつて、通常では予想されない稀有の事故というほかはない。

また、本件事故現場には、本件道路下に接してコンクリート製の無蓋の本件側溝があつて、被控訴人は右側溝に転落して負傷したものであり、前掲甲第一号証、成立に争いのない甲第五号証及び被控訴本人尋問の結果によると、本件事故による被控訴人の負傷の程度は不幸にして決して軽いものとはいえないものであつたことが認められるけれども、前叙認定の本件側溝の規模構造及び側溝外は道路面から約〇・六メートル低い農地であつた周囲の状況からすれば、本件道路から転落すれば死亡又は重大な傷害に至る可能性が特に高い危険な状況であつたとまでは言い難く、本件側溝の存在を考慮に入れても、この程度の危険は、田園の中や山地を走つている道路について、随所に見られるところである。それに、右危険に対応するために防護柵を設けるとなると、本件側溝の長さが一三〇メートルにも及んでいるため、原審証人川崎昭夫の証言にもあるように、自動車と防護柵との間に狭まれるという、より大きな危険を伴う事故の可能性が出てくることを考慮しなければならなくなる。

以上検討した結果によれば、本件道路に防護柵のなかつたことをもつて本件道路の設置又は管理に瑕疵があつたものとはいえないこととなる。

五  したがつて、右瑕疵の存在を前提とする被控訴人の本訴請求は、爾余の点を判断するまでもなく、理由なきものとして排斥を免れないところであり、原判決中、以上と判断を異にし、被控訴人の請求を一部認容した部分は失当であつて、本件控訴は理由があるので、右部分を取り消した上、この部分に関する被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉田洋一 横山長 浅野正樹)

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